HARRI STOJKA - PORTRAIT
ハリ・シュトイカー(Harri Stojka)はウィーンを中心に活躍するギタリスト、歌手、作曲家で編曲者。ロマ民族の出身で、現オーストリアでもっとも注目されるジャズ奏者。
ハリは1957年7月にウィーンで誕生した。19世紀にハンガリーとスロワキアから今日のオーストリアへ移住したロヴァーラというロマ民族の下部集団にシュトイカー家は属する。第二次世界大戦中、そのシュトイカー家は甚大な被害を被った。200人以上を数えて親族のうち、生き残った人はわずかに6人。そのひとりがハリの父、モンゴ・シュトイカー(1929~2014年)である。
自らも音楽家だったモンゴは、市場で買ったブラスティック製ギターをハリの6歳の誕生日にプレゼントした。幼いハリがそのおもちゃにものすごく夢中になったので、じきに本物のギターを買ってもらった。それについておもしろいエピソードがある。新しいギターをハリに買い与えた父親は、「指が炎上するくらい練習しなくちゃダメだぞ!」といった。しばらくするとハリは、「毎日必死に練習しているけど、指はまだ煙ってない!」といった。
さまざまな音楽の影響を受けながらハリは育った。祝い事などで歌われるロマの伝統的な歌謡はもちろんのこと、シュトイカー家のメンバーが聞いたエルヴィス・プレスリー、フランク・スィナトラ、ビートルズやアメリカのソール音楽。若いハリが大好きだったアイドルは、ジョージ・ハリスン。あとになってビバップとジャズも加わり、つぎのようなミュージシャンから影響を受けた:チャーリー・パーカー、ジョージ・ベンソン、パット・マーティーノ、ジョー・パス、カール・ラッツァ、そしてジプシー・ジャズの天才ジャンゴ・ラインハルト。ジャンゴこそ世界最高のギタリストだとハリは確信している。
プロのミュージシャンとしてのハリ・シュトイカーのキャリアは、13歳当時の1970年に従兄弟のヤノと結成した〈ヤノ&ハリ・シュトイカー〉に始まる。〈ジプシー・ラブ〉などさまざまなバンドのリズムギターやベースギターを弾いたあと、彼は1973年に〈ハリ・シュトイカー・エクスプレス〉という自分がリーダーのバンドを立ち上げた。そのバンドはおもにジャズ・ファンクを演奏し、1978年に初めてのLPの「スウィート・ヴィエナ(甘いウィーン)をリリース、2年後にアルバム「オフ・ザ・ボーン(骨から)」を発表した。その翌年、ハリは有名なモントルー・ジャズ・フェスティヴァルの「ギター・サミット」に参加、聴衆からも音楽批評家からも絶大なる賛美を受けた。このソロ演奏でハリ・シュトイカーの名は外国でも知れ渡り知り、〈モントルー・ライヴ〉というLPも発売された。
1990年代中ごろからハリ・シュトイカーはジャズ演奏以外のいくつかのプロジェクトに乗り出し、ジプシー音楽とほかの音楽様式との統合を試みるなどした。そのワールトミュージック的な音楽は、「ジプシー・ソール」と呼ばれることが多い。
そのようなプロジェクトのひとつは〈ジタン・コェル(ジプシーの心)〉という名称だが、ハリ・シュトイカーとほかの優秀な音楽家たちが結集するそのバンドの歌手はイェレナ・クリスティッチというチェコ出身のロマ女性、曲数も多い伝統的なロマの調べと近代音楽とが結び付けられている。〈ジタン・コェル〉はCD3枚をリリースしており、2011年に発表の〈ジタン・コェル・ドゥロップ(ヨーロッパのジプシーの心)〉は、アマデウス賞というオーストリアの音楽賞を受賞した。
「ジプシー・ソール」という名のプロジェクトもあり、その一環で2005年に〈ガルデ・アプサ〉というアルバムが発表された。「ガルデ・アプサ」とはロマ民族独自の言語であるロマニ語で「隠された涙」を意味する。ナチス体制からの解放を喜び、ナチス犠牲者を追悼する目的で、ハリはこのアルバムを制作した。そのアルバムはロマ音楽のルーツを想起させ、ナチスの犠牲となった人びとの末裔、生き残った子どもたちや孫たちに誇りと勇気を与えることを狙っている。ほかの諸民族に先駆けて統一されたヨーロッパ社会において、自分たちの文化や音楽をロマ民族の構成員は誇るべきだとハリ・シュトイカーはいう。
もうひとつのプロジェクトが〈インディアン・エクスプレス〉である。セルビア出身のロマであるヴァイオリニストのモシャ・シシッチとともにハリ・シュトイカーはふたりの音楽の原点を旅した。一方においてふたりのジャズ演奏の出発点へ、他方ふたりの祖先の祖国へ。インドのラジャヤスターン州から南東ヨーロッパを経由してパリ、そしてルイジアナまでの世界旅行である。そのプロジェクトは映画化もされた。オーストリアの映画監督、クラウス・ホゥントズビホゥラーとその撮影チームが5週間ほど自らのルーツを探し求めるハリ・シュトイカーとモシャ・シシッチを追いかけ、「ジプシー・スピリット」という映画を制作した。その映画は2011年度の最優秀ドキュメンタリー映画賞「ロミ」を受賞した。
これらさまざまなプロジェクトのほか、ハリ・シュトイカーはジャズとスイングの奏者として活発な演奏活動をつづけている。1930年代から1940年代にかけてのヨーロッパの伝統的ジプシー・スィングを回想しようと、2004年にアルバム〈ア・トリブート・トゥ・スィング(スイングへの賛辞)〉を発表。そのアルバムはドイツ・ミュージック批評家賞にノミネートされ、2005年に外国のCD部門の最優秀賞、「エホー賞」に選ばれた。また、オーストリアでも音楽雑誌『コンツェルト』が2005年にハリ・シュトイカーをジャズ部門の最優秀ミュージシャンとして選んだ。2004年2枚アルバム、〈ヘヴィ・スタッフ〉と〈ホット・グラブ・ドェ・ヴィエン〉がリリースされ、その翌年にジャズ・アンサンブル〈98 86〉が発表された。
ハリ・シュトイカーはミュージシャンとしてだけでなく、文化史、社会や政治にかかわるさまざまなプロジェクトにも関与する。たとえば、2012年3月から「ジプシー・ミュージック協会」(オーストリアのロマ・ミュージシャンの組織)とともに「われわれはツィゴイナーという言葉に抗議する」というアックションを主導している。侮辱的で差別的なニュアンスがあるロマ民族の他称、ナチスも使った「ツィゴイナー」という言葉に抗議する活動であり、オーストリア国内外の多くの著名人もそれに賛同している。また、メディアもその活動を大々的に報道した。ハリ・シュトイカーのその活動は政府からも表彰され、「オーストリア連邦共和国功労名誉金賞」という勲章が2013年にハリ・シュトイカーに授与された。また、ジプシー・ジャズの後継者を育てるため、ハリ・シュトイカーは毎年夏に1週間ほどの「ギター・ワークショップ」を主催している。
ハリ・シュトイカーとそのバンドは世界中のさまざまな都市でコンサートを開催する。さまざまな有名なジャズ・フェスティヴァルやワールドミュージック・フェスティヴァルに出演するのはもちろんのことだが、小さなクラブなどでもよくコンサートを開く。
ハリ・シュトイカーのアルバム選
Harri Stojka Express - Sweet Vienna (1978)
Harri Stoika Express - ...off the bone (1980)
Harri Stojka - Live in Montreux (1981)
Harri Stojka Express - Camera (1981)
Harri Stojka Express - Tight (1982)
Harri Stojka Express - Brother to Brother (1983)
Harri Stojka Express - Live (1987)
Harri Stojka - Say Yes (1988)
Harri Stojka - Music for the People (1996)
Harri Stojka Gitanoeur - dito (2000)
Harri Stojka Gitancoeur - Unplugged (2002)
Harri Stojka - Live at the Roma Wedding (2004)
Harri Stojka - A Tribute to Swing (2004)
Harri Stojka Gipsysoul - Garude Apsa (2005)
Harri Stojka - A Tribute to Gipsy Swing (2006)
Stoika & Stojka - Just Another City (2008)
Mosa Sisic & Harri Stojka - In Between (2009)
Harri Stojka - Gitanoeur d'Europe (2010)
Harri Stojka - Romano Suno/Gipsy Dream (2010)
Harri Stojka India Express - India Express (2012)
Wolfgang Böck & Harri Stojka - Satire & Jazz (2013)
Harri Stojka - Hot Club de Vienne (2014)
Harri Stojka - Heavy Stuff (2014)
Harri Stojka Jazz Ensemle – 98 86 (2015)
Harri Stoika Express - ...off the bone (1980)
Harri Stojka - Live in Montreux (1981)
Harri Stojka Express - Camera (1981)
Harri Stojka Express - Tight (1982)
Harri Stojka Express - Brother to Brother (1983)
Harri Stojka Express - Live (1987)
Harri Stojka - Say Yes (1988)
Harri Stojka - Music for the People (1996)
Harri Stojka Gitanoeur - dito (2000)
Harri Stojka Gitancoeur - Unplugged (2002)
Harri Stojka - Live at the Roma Wedding (2004)
Harri Stojka - A Tribute to Swing (2004)
Harri Stojka Gipsysoul - Garude Apsa (2005)
Harri Stojka - A Tribute to Gipsy Swing (2006)
Stoika & Stojka - Just Another City (2008)
Mosa Sisic & Harri Stojka - In Between (2009)
Harri Stojka - Gitanoeur d'Europe (2010)
Harri Stojka - Romano Suno/Gipsy Dream (2010)
Harri Stojka India Express - India Express (2012)
Wolfgang Böck & Harri Stojka - Satire & Jazz (2013)
Harri Stojka - Hot Club de Vienne (2014)
Harri Stojka - Heavy Stuff (2014)
Harri Stojka Jazz Ensemle – 98 86 (2015)
Web:
Text: Robert Lippuner / Gypsy Music Network